学生の頃は、それなりに勉強していたが、今はほとんど勉強していない。しかし今は、新しい知識や経験によって、日々勉強になっている。四十歳を過ぎた現在でも、経験や知識は蓄積され、様々なことがらが勉強になる。学生時代には、勉強することにより、体系化された知識を、効率よく最低限身につけた。今はそういうやり方はしていない。突然目の前に現れる物事に対して、今まで蓄えた知識を使って対応する。また、体系化されていない情報に対して、意味づけを行い、これまでの情報と関連づけていく。そうしたやり方は、「勉強する」というよりも、「勉強になる」といった方がふさわしい。失敗した経験でさえ、勉強になる。
そういう意味では、学生時代よりも勉強が身近だ。毎日が新しい発見であり、驚きだ。今までのやり方が通用しない状況に遭遇して、新しいやり方を的確に短時間で考え出すのは、やはり、勉強するのではなく、勉強になるという表現が近い。今日も、さまざまな経験が勉強になった。